ブランドの文化を軸にした、
あたらしい宿づくりWest Coast Brewing
開業支援 / 人材採用支援 / 企画運営支援 / 調達支援
静岡県のクラフトビール醸造所〈 West Coast Brewing 〉(以下、 WCB ) は、 原 料・製法・色・香り・味わい だけでなく 、デザインと世界観 にも妥協しないクラ フトビール づくり で、熱狂的なファンから 愛されています 。 2022 年 7 月には醸 造所の向かいに直営ホテル〈 The Villa & Barrel Lounge 〉をオープン。「 ブルワ リーに泊まれる 」 をコンセプト に、はじめての ホテル づくりをかたちにしまし た。ホテルの運営経験がない〈 WCB 〉に〈 tomorrows 〉がサポートしたことと は。代表のデレック・バストンさんとホテル支配人の黒木龍太さんと、昼からビ ールを片手に語ります。
型にはまらず、世界観を表現する
――〈The Villa〉の立ち上げにあたって、〈tomorrows〉に依頼した内容について聞かせてください。
デレック:創造舎*1代表の山梨(洋靖)さんからの紹介でしたよね。ホテルの開業支援に詳しい、いい方がいらっしゃるということで。ぼくらはホテルの運営ノウハウをもっていない素人だったけど、建築側からできることがあるという自信があったんです。とはいえ、ホテルの運営はわからないことだらけということで、専門家に頼んだほうがいいだろうなと。
*1 静岡市を拠点とした各種店舗建築や不動産事業、街づくり事業などを展開するデザイン事務所
岡田:元々は創造舎の拠点である静岡県人宿町にホテルを立ち上げるという話があって。創造舎がそこを開発して、〈WCB〉がタップルーム併設のホテルをやるという構想がありましたよね。それが〈The Villa〉に形が変わっていったという。
――〈tomorrows〉にお願いしようと思った決め手はなんでしょうか。
デレック:ぼくは第一印象を大事にしてるんですけど、岡田さんは人当たりがすごくいい。力になってくれそうだなと思いました。
岡田:デレックさんはご出身がアメリカ、シアトルじゃないですか。クラフトビールとホテルは相性がいいというイメージを持っていましたよね。醸造所とホテルをかけ合わせた何かという、やりたいことのイメージは元々あって。ただ、建築家のデレックさんがホテルをつくること、もっと言えば、醸造所をつくることもチャレンジだったじゃないですか。
デレック:遅かれ早かれ、絶対うまくいくとは思っていましたよ。おかげさまで、出だしは最高でしたけど。やったことのない楽しさがある反面、不安だらけなので、岡田さんに細かい質問をすべて答えてもらえるのはよかったです。開業に向けて、日々の業務に追われていましたから、十分にエネルギーを費やせないところが大きかった。それを補うイコール、専門の方に頼んだほうがいい。ただ、誰でもいいわけじゃないですよね。たまたま、最初に紹介いただいたのが岡田さんだったので、すごくラッキーでした。
――開業支援として具体的にどんなオーダーを受けていたんですか?
岡田:まずはホテルのGMや人員が誰もアサインされていない状態だったので、人員選びから面談までをひと通りしました。
デレック:ハードの自信はすごくあるけど、ソフトがうまくいかないと失敗してしまう。だからこそ、ホテルで働く人選びから岡田さんにお願いしました。GMはホテルのトップに立ったことのある実務経験者じゃなきゃいけないんじゃないか、という相談をしたんです。岡田さんから「それは大丈夫」と言ってもらえたのがすごくよかった。であれば、ぼくらの中では、(黒木)龍太あたりがいけるんじゃないかなと。
黒木:〈WCB〉のレストランに勤めてきて接客には自信があったんですけど、逆にホテルの接客はやったことがないというところで、すごく不安はありましたね。でも、岡田さんと最初に面談したときに、「型にはまらずに〈WCB〉を表現すればいいんですよ」と言っていただいて、不安が取り除かれました。
岡田:コロナ禍に、ホテル、宿、サウナの新規参入がすごく増えたんです。スタッフにホテル経験者を外部から採用しようとするんですけど、その場所の文化を理解していないとうまくいかない。龍太さんは〈WCB〉を理解しているから適任だろうと。〈WCB〉の文化を体現するホテルだから、絶対に外部採用じゃないほうがよかった。
黒木:ぼくの他に、飲食店のスタッフの中からホテルの接客ができそうな人を3人面談していただきました。
――スタッフの人選のアドバイス以外にはどんなサポートがありましたか?
黒木:ホテルの基本的なシステムや備品関係の調達ですね。それがなかったら、かなり開業のハードルが高かったと思います。スムーズにスタートできなかったと思います。スタッフのオペレーションで言うと、ちょっと特殊な宿泊施設なので、自分たちで構築したところは多少あったりしますね。
岡田:酒販も飲食店も宿泊もあるって、世界的にもなかなかないですからね。
ビールを売りにした新しい宿づくり
――〈The Villa〉は1階にバレルラウンジとタップルーム、客室にタップが設けられていたりと、クラフトビールの体験を中心に設計されたホテルですよね。
デレック:ぼくらの世界観にどっぷり浸かってもらう、レストランに部屋が付いているような感覚ですね。
岡田:オーベルジュは料理を売りにした宿じゃないですか。ここはビールなのでオーベルジュではないですし、新しい造語があってもいいと思うんです。接客もあまりホテルライクではない旧態のやり方じゃなくてよし。むしろ、そのほうが面白いと思っていました。
黒木:ぼくは型にはめられるのがすごく苦手で。岡田さんにフリースタイルでやったほうがいいところが出る、と教えていただいて自信になりました。
デレック:この時代だからと言ったら変だけど、おそらく30年、40年前だったら無理なんですよ。お客さんのホテルに対する期待がまったく違っていたはず。でも、いまはぼくらがフリースタイルでやっていけるような世の中に変わってきた。
岡田:とはいえ、〈The Villa〉は1泊4,5万円なので、決して安くないじゃないですか。開業後は月1回のミーティングに参加して相談を受けていますけど、基本的に「一旦やってみたらいいじゃないですか」という話をしています。
――月1回のミーティングでは、どんなことを会話しているんですか?
デレック:岡田さんにはセカンドオピニオンというか、確認的なところでご活躍いただいています。何事も誰かに確認できたほうが自信につながるし、確かめるって重要だと思います。
黒木:岡田さんからホテルのプランやイベントの案をいただいて、それを実際やってみる。そのフィードバックをして、またいろいろ教えていただく。この繰り返しですね。ホテルとして今後こうなっていこうというアドバイスをいただけるので、それに向かって行動がしやすいですし、ぼく自身の視野が広がって、すごくありがたいです。
岡田:デレックさんはミーティングに参加しなくなりましたけど、スタッフに任せる度合いが素晴らしいですね。
デレック:ぼくは船長として先を見て、船が障害に当たるかどうかを確認するだけですから。スタッフとは、「こういうことがしたいんです」「いいんじゃない?」くらいの会話で済むのが理想ですね。本人たちにやる気があれば。いろいろなことを積極的、自発的にやってくれるから、見ているだけで安心しています。ただ社長をやっていて、社員がキャリアを積んでいくということがよくわからないんです。スタッフのみなさんがこの会社の中で育っていく。その先に何か楽しみがあるという状態にすることを意識していて。そのためには、現状の5部屋では天井が見えていると思うんですよ。
ちょっとクレイジーくらいがちょうどいい
――岡田さんは〈WCB〉のホテル事業の成功は何が大きいと感じていますか?
岡田:やっぱりビールがおいしいですし、自分たちのコアなファンが喜んでくれるような場所とサービスを表現してきたということじゃないですかね。それをフックにまた新しいファンをつくっていくという環流のサーキュレーションの考え方とコンテンツが素晴らしい。
黒木:ホテルは〈WCB〉からのお客さんがすごく多くて。ぼくらのビールを楽しんでもらうためのプランやアイデアを出すことを意識しています。客室のタップもそのひとつですね。それがぼくらにしかできないことなので、岡田さんからもどんどん伸ばしていこうとアドバイスをいただいています。ハッピーアワーも岡田さんのアイデアでしたよね。
岡田:ハッピーアワーって何時から何時までやっているんでしたっけ。
黒木:朝7時から10時半までです。
岡田:ハッピーアワーの時間も売上も、ちょっとクレイジーとしか思えないんですよ。そもそも、朝7時から10時半までハッピーアワーをやっているお店なんて、アメリカにありますか?
デレック:ないんじゃないかな(笑)。アメリカでは朝から飲まないです。日本人は旅先で普段やらないことをすごくやりますよね。お金の使い方も豪快だし、朝食も普段どこかに出かけて食べようなんて思わないじゃないですか。家で軽く食べるくらいなのに。それをホテルに泊まったら必ずと言っていいほどに、あのホテルの朝食を食べようと行動する。他の国にいないとは断言できないけど、日本人特有のポイントですよ。お土産もたくさん買いますし、ぼくらもその文化の恩恵をめちゃくちゃ受けています。客室のタップをひねることも普段やらないことじゃないですか。ビール好きな人が朝と夜中に起きて、すぐに飲める。これがいいんですよ。
黒木:ロフトがない客室だと、ベッドから1メートル先にタップがあるので、トイレより近い距離にビールがあるんです。ぼくらはクレイジーな感じが好きなので、企画が出た翌週くらいにすぐ取り入れました。ただ、自分たちでは客観視できないところがどうしてもあるので、岡田さんは経験と立ち位置から的確にアドバイスをしてくださる。やってみればいいよという空気感がぼくらも楽しいことをやろうという気持ちにさせてくれていて。
――クラフトビールの醸造所にコンサルタントが関わるって、なかなかないことですよね。
岡田:〈WCB〉というチームはそもそもキャラクターが濃いんですよ。強烈な個性を受け入れてくれる会社だから、保守的なことを提案しても色は生きてこない。もちろん止めなきゃいけないこともあるんですけど、キャラが生きたほうがユニークですし、ファンも増えますから。熱狂的なファンの方たちがいい意味で参考になっています。
景色が変わり続ける用宗の街並み
――〈WCB〉と〈The Villa〉のある静岡市用宗というエリアは地域のコミュニティづくりが盛り上がっていますよね。
岡田:静岡市の用宗という場所に町長がいるとしたら、表彰されていいと思うんですよ。人の流れが間違いなく変わっていますし、これだけGoogle検索で用宗というワードが出てくるのは絶対にあり得ないので。
デレック:圧倒的に県外からのお客様が多いですね。ぼくらもお世話になっている〈CSA不動産〉が用宗を発展させて、〈用宗みなと温泉〉やいろいろな施設をつくってくださっていて。
黒木:〈CSA不動産〉の社員もちょっとクレイジーな人が多くて、年齢も近いですし、ちょうどいいんですよ。用宗を盛り上げるための根底に共有できているところはあると思います。
岡田:用宗は来るたびに新しいお店ができて、街並みが変わっていますよね。この2,3年でまた変わるんじゃないですか。〈WCB〉もいろいろやるでしょうし。いつか、パンとコーヒーのお店を別々にやりたいという話が出ていますけど、もはや、パン屋って街のインフラじゃないですか。いい街にはいいパン屋が必ずと言っていいほどありますし、パン屋がないと引っ越してくる人が少ないと言っても大袈裟ではなくて。おいしいパン屋の存在はそれほど重要だと思うんです。
黒木:用宗にはブリュワリーがあるので、ここを拠点にいろいろやりたいですね。ファンのなかには聖地巡礼に行きたいという方も多いので。
岡田:〈WCB〉のみなさんはおもしろいことをやろうというモチベーションがすごく高い。新しいことをやるにはもちろん、お金やスタッフの増員の問題とかがありますけど、マインドとしては、もっとやりたい感じですよね。いまの関わりは月に1回のミーティングだけですけど、それ以上に貢献しなきゃいけないなって、いつも思っています。
デレック:結局、ぼくらが楽しそうだと思ったことをやれば不正解はないんですよね。逆に岡田さんから「やめたほうがいいですよ」って言われたことはある?
黒木:あまりないですね。事前にリスクを教えてくださって、変な方向に進んだら正していただけます。
デレック:よかった。なんでもかんでもOKじゃないことがわかって(笑)。
Photography:Naoto Date
Design:Mayuko Kanazawa